昭和五十二年九月二十日 御神訓


一、神は声もなし、形も見えず、疑えば限りなし、恐るべし疑いを去れよ


 神を信ずるというものは、金光大神御取次の働きを信ずるということになりましょう。一昨日でしたか、或る教会の御信者さん達が三人で見えられまして、【   】第一、お結界に出て先生が拝めなくなったと。そりゃ先生が拝められる様には、なかなかなれないよと。いかにも頭を下げておるから、金光様というとるから、拝めておるというのではない。その先生が拝めれるということは、なかなかそう簡単に出来ることではない。まあ言い換えると、あなた達の信心がそれだけ進んだんだよと。今までは拝めよった。それは只柏手打って、こう頭を下げとっただけで。けども、そこに拝めなくなったということは、そういう、いうなら空の様な拝み方ではなくて、本当の拝み方が出来ないことに疑問が出来てきたということは、本当は信心が進んだんだよと話したことでした。
 ですから、問題はね、お結界の先生が拝めるという前に、まず自分自身の心がね、拝める様にならなければいけない。自分自身の心が拝めれる様になると、ここには、例え藁人形が座っておっても拝める様になる。いうなら一切のものが拝めれる様になる。まずは自分の心が拝めれる稽古。それが、まず先決だということです。金光様の御信心はそこからです。神は声もなく、形も見えず、けれども形あるものだけを拝むのでない。形のない自分自身の心が、あるやら無いやら分からん自分の心が拝めれる様になる。だから人間の見えないもの、今まで気が付かなかったこと、今まで知らなかったものが、段々有難いものに変って来る。
 昨日、一昨日の御理解でしたか。この目に見えない空気を拝む。呼吸が出来ておる、呼吸させて頂いておる。その一吸一吸のこの空気に対して、心の底から神様にお礼が言えると、御祈念さして頂いておったら、向こうの方から私の方を向いて、体はない、手だけが私の方を向いて、手が合掌しておる。しかも、それが女の華奢な手であった。私の心眼に映じたものは。ですから、神様が生き生きとして私共に応えて下さるというか、神様が交流する手立てというのは、只おかげを頂いて有難い、目に見えるところだけが分かって有難いという間は、只神様を、いうならば信ずるということだけであって、神様から信じられると言うか、そういうおかげを頂かして頂くためには、それこそ目には見えない自分の心が拝め、目には見えない、あるやら無いやら分からないけれども、あることには間違いないこの空気に対して、心の底からお礼が言える。いわゆる向こうの方から華奢な女の手で、私の方を拝んで下さる。いうならば神様と私が拝み合う。それが、もし私が女であったら、向こうの方から拝んでおられるのは、男の手をもって見せて下さったであろう。私が男だから、女の手をもって拝まれるということは、拝み合う、そこから生みなされて来るところのおかげ。という話を一昨日でしたかね、させて頂きました。ここに至った時に、いうならば信ずるということ、また信じられるということ、または最後にあります「疑えば限りなし、恐るべし、疑いを去れよ」と。恐るべしという様な信心が分かってくると思います。まあ、只おかげを頂いておるという時には、恐るべしといった様な神様が分からない。神様は有難いお方だ、というだけではいけない。神様は、やはり或る意味では怖いお方だと。神様というならば拝み合う程しの、いうならば親密さと言うか、交流と言うか、そこから私はいよいよ有難い、いうならば神様を頂くことが出来、信心を頂くことが出来、おかげを頂くことが出来る。
 昨日、熊本教会の二番目の息子さんだそうです。私の方の光昭と同期の、奥さん子供さん連れて、【  】萩原教会の先生、【  】五人で見えられました。それで、私の信心を見に見えたり、聞きに見えたりした訳でしょう。丁度、研修の時間になりましたから、先生方、皆ここへ見えられて、研修を受けずに、結局、私の話を聞いてもらうばっかりになったのですけども、そのお話の中に、末永先生の話があって、それを正教先生が、昨日、正奉仕でしたから、御用日誌にこういう風に書いとる。「生易しくない道を見易く、楽しく、有難く、愉快にさえ行じれる絶対の道が説かれてあるのが合楽理念。だが自分から甘えて、楽を求めて、見易くしてはいないだろうか」。ここんところを<一つ読むとよく分かる。>なるほど見易い、楽しくて、有難くて、しかも愉快にさえなるんだよと、というから自分から信心を見易うしてしもうたらいかん。そういう、いうなら信心が頂けることのためにも、やはり精進がいるのだ。果たして見易いと言われても、自分から見易うしてしまっておるのではなかろうかと。今日の研修で、親先生が末永先生の御比礼を話されて、人が助かるということは生易しいことではない、と涙ぐまれた時、生易しくない道を有難く行じぬく行者に徹して、親先生の実証者になるのだと切に思われたと。
 ですからね、皆さんの信心の願いというのがね、大体、なら皆さんが毎日、合楽教会大発展の御神願が、どうぞ御成就に相成りますようにということは、ここに参ってくる程しの人なら、皆称えておるでしょうね。祈っとるでしょう。どうでしょうか。合楽教会大発展の御神願<御成就に相成りますようにと。>これは私の祈りじゃない、合楽に御縁を頂いとる者の全部の祈りじゃないといかん。合楽教会が大発展をするということは、神の願いであるから、その願いをいよいよ成就に相成りますように、成就にならん邪魔になる様なものがあったら、それを取り除いて改まって行かにゃならん。もう繰り返し、合楽教会大発展の御神願御成就に相成りますようにということは、私は祈りの一番に願わなければいけない。自分の苦しい事だけを並べておるという時代から、そこんところの願いが<なされる様にならねば。>十年祭のことを願うということも、やはりそれに包含されたものでないと、今、正教先生が言っておる様に、親先生の言われる事を、いうならば、親先生がこうしてこうすりゃ、こういうおかげが頂けるんだと、言うて下さっておる。いうならば実証をされたのが末永先生だと。だから自分達もやはり親先生の、いうならば言われる事が嘘でないという実証を以て示す、実証者にならなければならん。取りも直さず、親先生のお取次を頂いて、日々おかげを受けていく、おかげを表して行くということが、そのまま親先生を表して行くことになる。ひいては金光大神を表して行くということになる。ひいては天地の親神様を、いよいよ信じて疑えない信心が確立されておるのです。皆さん、どうでも目に見えない神様ですから、疑えば限りがないのだけれども、おかげを受けて神様が分かり、神様を信じきれる様になる。只おかげを受けて、ああ神様はござるなと分かった様な程度の信心では、なら願い通りにならないと、もう神様が軽くなったり、またはあの時は、ふが良かった位になってしまう。そこで段々信心が進んで参りまして、目に見えない分野というかね、空気の有難さすらが本当に心に感じられる信心。それにはまず、自分自身の心が拝めれる様な稽古を、本気でしなければならないということ。目に見えない、あるやらないやら分からない心、けれどもあることだけは、間違いなしにある証拠に、嬉しかったり、悲しかったりは、どこで感じとるかというと、やっぱり心で感じておる。
 私が毎晩、これはもう毎晩思うことですけれども、本当に暑い寒いも感じない程に、冬は暖房が入り、夏は冷房が入り、勿論、暑いもなければ寒いもないという感じ。しかも飢もじうしてこたえんということもない。もういつもお腹の中は、丁度良い位な状態にある。おかげで、手も動いとる、足も動いておる、いうなら、こういう、いうならば平穏無事ということが、もう心の底から有難いと思う。私だけがこんなに有難いということであってはいけない。そういう平穏無事で、毎日、なら暑さ寒さも感じん程しのおかげを受けとる人は、世の中にどれ程あるか分からん。そりゃ病院などに行くと、まあこんなにも病人が居るだろうかと、いうごとあるけれども、実際は日に日にお生かしのおかげを頂いて、例え、その日暮しではあっても、ひもじい思いもせんで済む。雨露を凌がして頂く家もある。どこに不平不足の言い様もない程しのおかげを頂いておっても、人間、我情我欲があると、頂き足らんごたる思いがする。そして有難いどころか、そして長うなって寝ておって、楽な時には、もういうならば我情我欲のことばっかり考えとる。心配せんでもよい様なことばっかりを心配しよる。これではやはり、信心を頂きよる値打ちはありませんが、信心を頂いて、こういう有難い心の状態に浸っておれれる人が、いよいよ合楽では沢山出来なければならないということを思います。「痛いのが治ったのが有難いのではない、いつもまめなのが有難いのだ」。そのまめな何でもない、平穏である、無事であるという時にです。本当に心の底から、神様のおかげをしみじみと有難いと感じれれる。そこには我情もなからなければ、我欲も起こらない。まして、これが、信心がない人達なんかは、いよいよ我情我欲を募らせることだろう。平穏無事の時程、それを考える。私はそういう心の中に感じる有難い、勿体ない、そういう思いが、それこそ向こうから神様が、今度の私であるなら、女の手を以て私の方を拝んで下さっておる<とじゃなかろうか。>そこから日々の、いうならエネルギーを。様々な信心をさせて頂かなければ頂けない。いうなら不思議な不思議なおかげも頂けるんだというふうに思います。
 根本は、そこのところの有難さ、【  】頭も痛くない、腹も痛くない、手足も動きよる。本当に丁度良い、今、秋の時節ですからね。暑くもなからねば寒くもない。もうこれだけで、どこに我情が出来るだろう。どこに我欲が思う。いうなら【  】のない程しの有難いおかげを実感する。その実感が、神様おかげを頂いて有難うございますと、なら心の底から寝ながらでもお礼が、言いながら寝につかせて貰う、休ませて貰う。そういう時に神様の交流が必ず始まる。そこから翌る日、生みなされて来るところの有難いな。だからその時になってからお願いして、今から生みなそうと言うたって難しいが、前の晩からちゃんと生みなされる準備が出来とらなければ、これは、私は毎晩感ずることです。だからそういう信心の修行が出来て、神様を頂くことが出来る。いうならば神様との交流、そこから生みなされて来るおかげもいよいよまた、<頂ける>ということになってくる。要はご結界の先生が拝まれないという悩みの方に話しました。そう簡単に先生が拝める筈はないよ。先生とても人間だからね。だから様々なところが見えてくる。一生懸命自分の事祈っておって下さる。そういう時には拝めるけれども、それと反対の様なものを見たり感じたりする時に、拝めるもんじゃないけれどね。
 昨日、熊本の先生方に話したことでしたが、こうやってビリグイの話を頂いて、あちらへ行ってから十日目から、人が段々助かるようになり、もう本当に最近では、日本人よりもあちらの外人の方達の方が、半分以上は外人の方達だという程しの、教団始まって前代未聞と思われる様なおかげを頂いておる。実に【  】私が出る時に言うておった。日本人だけが対象ではない。あちらの方達が助からねばならない。それがそのまま私の言うておることを実証しておってくれた。まあ本当に外人の方達の場合、おかげを頂く、お礼とか、お初穂ということは、たまがる様にないそうですけれども、いよいよ四回の月次祭ともなる頃になると、それこそ、どこから集まってくるか分からん程、お供えが御神前一杯になる様な、本当に一ケ月か二ケ月後の月次祭に、初めてお米が一俵お供えがあったと言うて、私は感動してという話をさせて頂いた。だから私の言うとおりすりゃ、こんなにも見易うおかげが受けられる、と聞こえるけれども、けれども人が助かるということは、実をいうたら、そんなに見易いものじゃないという時に、私は涙がこぼれた。そこんところを竹内先生が見たわけです。そして【  】あちらの総代から手紙がきた。そしてお礼とも皮肉とも分からん様なことがいろいろ書いてあった。その中に、御結界で先生が眠りなさらにゃ、まあだよかばってんということが書いてあった。だからね、本当に先生が御結界で眠りはためきして、コブばっかり作っとるげながです。その眠っておる姿が拝めるごとならねば。先生が日に僅かな僅かな時間しか休まれん。座られたら眠気がくるのは当たり前。その眠っとる姿が尊いと分かる様にならなければいけないよと、私は向こうの総代に言うてやろうと思う位だったという話をしたんですね。ですから私の言う通りを実証した。私が言う通りのおかげを頂いた。例えば、飲まず食わずといった様なことで道を開く。何年たっても人は助からん。
 昨日、山田先生の事も話に出たんですけども、とにかく、この人は独特の信心をするし、弘子先生が場合でもそうです。あの熊本の方達ですから知ってますから、これはもう本当にご普請も出来たし、沢山の信者も居るけれども、まだ布教所で、教会の願いが願い出らん。神様が教会にせんでも良いとおっしゃる。いうなら人が助かることさえ、といった様な変わったことをいうことが、一つの御比礼の基にもなるが、これは弘子先生が言いよるとじゃない、神様がやっぱり言わせておる。山田先生の場合でもそうです。もうそれこそ私も一遍行ったことがあるが、もう見る影もない教会だった。もう本当に、有名無実の教会で、ならこの頃開教、開教式といえないけれども、あちらへ行って、初めてのご大祭を仕える時に、ここから若先生と総代さん方が行ったが、信者というのは一人もいないという教会なんです。そげんところに私がね、家の弟子をやるということは、我情我欲があっては出来ることじゃないよち。けれども、もうそりゃたまがる様な働きが起こっておるということは、なら、あの一角がそれこそ藪のごたる中にあったんです。そして、もう水でも何でも下水がないから垂れ流しの、もう本当に座る時にムジムジするごたる教会でした。それが、もう合楽から行くということになったら、もうそこの一角が、もう綺麗に清掃された。もうその広い空地がキチッと垣が出来てね。もう教会の屋敷じゃろうかというごと綺麗になった。そして隣の方が、どういうわけか知らんけども、ずーっと向こうまで下水を掘らっしゃった。それで、そこもそこから流せる様になった。勿論炊事場でも、風呂場でも、もうとにかくあばら屋同然になっとったのを、おかげでキチッとなった。何とはなしに教会らしうなった。そして毎月、相当なお初穂を包んでお祈りに出て来るところを見ると、やっぱり人が助かりよるに違いないと、私は言うんです。そしたら、先生の奥さんというのが、家内を貰う時に、もう金光様の先生だけには、私はやらんち、お父さんが言いなさったげな。なしかと言うたら、植木の教会の先生は、あげな良か人ばってん、あげな生活どんさせんならんなら、私はやり切らんと言うて、言われる程しに私共も熊本だから知っとるが、そりゃ大変な教会だった。そういう大変な教会に、しかも、親教会は甘木なら甘木にあるのに、請われて、これに私が応えて。問題は人が助かることさえ出来たら<良か>である。そういう場が開けたわけ。からと言うてです、山田先生にしたところで、末永先生にしたところで、決して楽なことではない。人が助かっていくということは。というて、なら楽な信心でおかげを頂いておるというのじゃない。そういう、いうならば厳しい修行の中に有難さを感じておる。喜びを感じておるといった様な。だから、どんなおかげを頂いておるというと、いかにも気易う、見易うのごたるけれども、その中身というものは決して見易いものじゃない。楽に道を開けと言われるから、いうなら寝たり転んだりで、おかげが頂けるんではないよと、いう様なことを、その熊本の先生方に聞いて頂いたんですけどもね。そこから頂けるところの神様、そこから私が言う事を実証して、いうならば表して行けれる先生方、同時に信者皆さんでなければいけないということです。それには、まず合楽教会大発展をです、心の底から祈れれる、またそのための修行をさして貰う位のおかげを頂けば、自分の家のことは神様が見て下さる位なおかげは頂かれる。神様は声もなければ、姿もないけれども、姿以上の姿というか、声以上の声を以て私共に身近におかげを下さる。それを合楽では天地のリズムと言っております。そのリズムに乗った行き方を外しさえしなければ、神様を疑おうにも疑えることではないおかげが、自分の心の中に、自分の身近に、それを感じ取ることが出来るのです。どうぞ。